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中秋の名月の食べ物の由来!お供えする団子とススキの意味は?

time 2018/09/09

中秋の名月の食べ物の由来!お供えする団子とススキの意味は?

秋の夜長に眺める月は、いつまでも明るく照らしてくれています。

まるで、私たちを見守るような温かさを感じるのは、私だけでしょうか^^

お月見の歴史はいつから来たのでしょうか?

遥か昔の遠い人たちと同じ月を眺めているなんて、なんとも不思議な気持ちになります。

今回は、そんな月に関する歴史と、お月見に相応しい食べ物について調べてみました。

これを読んだら、きっとまた、月も違って見える事でしょう(^^)/

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中秋の名月

中秋の名月は、月を愛でるお月見として中国から由来した文化と言われています。

お月見は旧暦の8月15日、現在の9月中旬から10月初旬頃に行なわれます。

日本では、四季があり、春夏秋冬に分かれています。

それが、中国では、3ヶ月ごとに季節の変わりめが決められ、8月15日は、秋季で、秋のど真ん中と言う意味の【仲秋】【中秋】と呼ばれるようになりました。

中秋の名月の食べ物の由来!

中国では、秋の年中行事として、月餅を食べて、月を楽しんでいました。

その風習が日本に伝わり、お月見団子を食べるようになったというわけです。

中国の書物に見る歴史

◇唐代の頃

名月の日に月を鑑賞する風習の始まりとされています。

◇宋代『東京夢華録』

身分に関わらず、街を挙げて夜通し騒ぐ様子が記録されています。

◇明代の中国、田汝成の『煕朝楽事』

宴会に加えて、名月の日に供え物や月餅を贈り合う習慣が始まった記録が残されています。

中秋節

中国では今でも、家族の団欒の行事として、観月の宴会を楽しんでいます。

また農作業の仲間の慰労会でもあります。

日本の書物に見る歴史

◆貞観年間(859-877)頃

この風習が日本の貴族社会に入って来ます。

◆縄文時代頃

単に月を愛でる慣習があったようです。

◆平安時代

徐々に規模が大きくなり、延喜19年(919)には宇多法皇が日本独自の十三夜の月見を催したとされています。

その当時の日本での月見は、詩歌や管絃を楽しみつつ酒を酌むといった雅味な催しで、庶民とは縁のないものでした。

又この頃の月見は、ただ月を眺めつつ楽しむだけだったようです。

貴族などの間では、観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)で歌を詠み、宴を催したようです。

◆室町時代『御湯殿上日記』

遊宴としては簡素になっていき、室町後期の名月の日には月を拝み、お供えをする風習が生じていました。

後陽成天皇が、ナスに開けた穴から月を見て祈る「名月の祝」という祝儀の様子が記録されています。

◆江戸時代 前期の記録

十五夜の日は芋煮を食べて夜遊びをするのが一般的だったそうです。

その頃の庶民の月見には、月見団子などの供え物の記録は見られず、家庭で供え物が行われるようになったのは中期以降のことと見られています。

◆江戸後期『守貞漫稿』

十五夜の日は文机で祭壇をこしらえ、供え物として江戸では球形の、京阪ではサトイモの形をした月見団子を供えると記録されています。

◆戦前から昭和中期(ところによって今日でも)

子供達が、近隣の各家に供えてある月見団子や、栗・柿・枝豆・芋・菓子類をその家人に見つからないように盗って回り、その年の収穫を皆で祈ったり、祝ったりする「お月見泥棒」という風習もありました。

家人は、子供たちの行いを見つけても見ない素振りをしたそうです。

◆現代

月が見える場所などに、薄を飾って、月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めたりします。

又、お月見料理などもあります。

 

お供えする団子とススキの意味は?

穀物の収穫に感謝し、米を粉にして丸めて作ったのが始まりです。

月見団子

お月見と言えばやっぱり月見団子。

月見団子を供える数は、一説には、その年に出た満月の数として12個、もう一説には十五夜だから15個(十三夜には13個)と言われており、どちらでもOKです。

月に見たてた丸くて白い団子が一般的ですが、地域に根ざした様々な月見団子があります。

貴重なお米を使ったお団子をお供えすることで、信仰の対象である月に感謝の意を表しています。

里芋

里芋などの芋類の収穫を祝う行事でもあるため、里芋やさつまいもなどをお供えします。

江戸後期にも、飾られていたように、元は、この時期によく採れる里芋をお供えしていました。

しかし、形の似ているお団子の方が、保存がきくためお団子のお供えが主流となりました♪

収穫されたばかりの里芋を供えることから、十五夜の月を特に芋名月(いもめいげつ)と呼ぶ地方もあります。

衣被 きぬかつぎ

関東では皮をむかないでそのまま蒸すかゆでて「衣被(きぬかつぎ)」に、関西では煮っころがしや味噌煮にして供えます.

衣被は、お月見の頃に出回る小芋で作ります。

「衣被」は、里芋の皮をするりとむくと白肌があらわれることから、高貴な家の女性が被る布に似ているとされ、名づけられたのだとか。

また、丸い形は縁起が良く、健康と幸せを得ることができると考えられていて、健康や長寿への願いも込められています!

十三夜と十日夜

稲穂やお米

その時期にとれた収穫物を供えるため、十三夜には栗や枝豆を、十日夜には稲穂やお米を供えます。

また陰暦の九月十三日の宴は豆名月と呼ばれ、豆をお供えしたり食べたりしたそうです。

中秋の名月ススキの意味

月の神さまの依代である稲穂の代わりと考えられ、飾られました。

一緒に「すすき」を供えるのは、すすきを稲穂に見立てており、神様への収穫感謝を表明しています。

すすきと一緒に秋の七草などの季節の草花を飾るのも風習です。

魔除けの効果

お月様に供えたすすきは、月見が終わったあと家の軒に吊るしておくと、一年間病気をしないと言われています。

もともと月の神様の、仮初の姿と信じられていたのが稲穂です。

この稲穂にそっくりなので、すすきが飾られました。

またすすきは魔除けの効果もあるとされていて、家の前に飾って一家の健康を祈る習慣もあるんです!

まとめ

いかがでしたでしょうか?

古くは中国から渡ってきたというお月見の風習♪

日本でも優雅な風習として、色々な書物に残っているのも感慨深いですね!

昔は、空気も綺麗で、もっともっと澄んで煌々と光り輝いていたのかもしれません。

月を観て楽しむ、そんな風習を私たちも繋いでいきたいですね(^^)/

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